一筋縄ではいかない武将たち ① | あかねいろ01

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一筋縄ではいかない武将たち ①

2017/09/22
 
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ためらいのない裏切りと暗殺、宇喜多直家(1529年―1582年)

 

 

戦国時代をモチーフとしたゲームにおいて強烈なヒールとして知られている宇喜多直家(うきたなおいえ)。裏切りと暗殺にまみれ、まるで信用度ゼロの直家のイメージは史実に基づいたものだったのでしょうか。

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1531年、祖父宇喜多能家(よしいえ)が島村盛実に謀殺されると、直家は生まれ育った砥石城を追われ、父親の興家(おきいえ)と共に放浪生活を余儀なくされます。しかし成人してから浦上宗景に出仕し、島村盛実の暗殺と砥石城の奪還に成功。続いて浦上氏の家臣で自分の妻の父親つまり舅の中山信正を毒殺し、居城であった沼城を奪います。さらに穝所元常(さいしょもとつね)を滅ぼし、備中国の毛利氏配下にある三浦家親(いえちか)を火縄銃で暗殺、元常の主君である松田元輝をも攻略すると、石山城主金光宗高を切腹させて居城を接収しました。1575年には天神山城から主君だった浦上宗景の追い出しに成功。その後敵方の毛利氏と組んだり、再度敵対して織田側に与したりと裏切りや同盟を繰り返します。その仁義なき変わり身の早さと、主君や人質として囚われている味方を見捨てる薄情さが現代における直家のダークなイメージの元凶です。

 

 

 

しかし、当時は「義」や「忠」を尊ぶという儒教的な考え方はなく、直家のやり方は戦国時代を生き抜く一つの術だったとも言えます。一方で直家は配下の者に対して身分で分け隔てせず接し、兵糧不足の折には自ら耕作や絶食をし、家中の者と苦労を共にして古参の家臣を厚遇するなど信頼関係を築いていました。また、岡山城の前身である石山城を居城とした直家は城の修改築を行い、領地内外からの商工業者を城下に集めて城下町としての岡山の発展に大きく寄与。対外的には謀略を駆使しながらも配下の者たちを掌握し、地元の経済や商業の発展に腐心した賢明な大名だったのです。

 

 

 

ただ、直家の弟である宇喜多忠家は、実兄である直家と会う際には必ず鎖帷子などを着込んでまさかの事態に備えていた、とのこと。やはり油断ならない人物だったかも知れません。

 

 

 

明石 白(あかし はく)
ライター
愛媛生まれ、大阪育ち。バンコク、ロンドンを経て現在マドリッド在住。CM制作会社(大阪)、フリーライター兼イベントプランナー(大阪)、広告代理店(バンコク)、国際見本市出展関連の会社(ロンドン)などの仕事を通じてコピー、イベント台本、イベント企画などの経験あり。得意分野は日本史、文学、不思議系や海外ネタ。趣味は日本史の中でまだよく知られていない素敵な人物を発掘すること、路上生活者や移民の観察そして空想。よっぱらい師匠の言葉「漫画は文化」を深く信じている。

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