「欧州一人旅」18歳のバックパッカーとパリの日本人デザイナー

芸術系の大学生だった頃、ヨーロッパの19~20世紀頃の絵画や彫刻に夢中になり、連日、図書館や古本屋で画集を読み漁っていました。
特にフランスの画家:ギュスタヴ・モローの描く幻想的な神話や聖書の異世界、同じくフランスのオディロン・ルドンの甘美でありながらも、もの哀しい切なさの漂うパステル画に強く惹きつけられました。
時代と国を超え、自分の中に共鳴するものをそのままにしておけない気持ちになりました。
パリに行けば、ギュスタヴ・モローの殆どの作品やデッサンを収蔵している彼の生家「ギュスタヴ・モロー美術館」があり、オディロン・ルドンの作品もオルセー美術館等で実物を見る事ができる。
自分の芸術表現の方向性を探り彷徨う悩ましい時期でもあり、卒業後どうするのかと悩んでいる時期でもありましたので、思い切ってパリと周辺諸国への旅に出る事にしました。
パリの国際空港に到着し、バスで市内へ向かう途中、変わった帽子を被った東洋人が乗っていました。
とても気になるのですが、一人旅で変な気を張っていて、どうする事も出来ないでいると、彼女の方から「日本人ですか?」とチャーミングで好奇心に満ち、輝く瞳で話しかけてくれたのです。
パリのファッション専門学校を卒業し、現地の友人と二人でファッションブランドを立ち上げたばかりだというパリ在住の日本人女性でした。
年は5つ程私より上でしたが、とても輝かしく、素敵な大人に見えました。
デザインと芸術という近い世界で生きる者同士の親近感の様なものもありました。
パリ市内に着くまでにすっかり意気投合し、別れを名残惜しく思っていると、「良かったら明日の夜空いてるから一緒に夕食に行かない?」と誘ってくれ、翌日、食べてみたかった“ムール貝”の美味しいレストランでとても楽しい夜を過ごしました。
“夢”を聞かれ、本当はまだ定まってもいなかったのですが、とっさに「絵本作家」と答えると、パリのお薦めの本屋さんを紹介してくれました。
その後、彼女の会社、アトリエを見せてくれたのです。
沢山の布地や裁縫道具、ミシンが活き活きと呼吸している様な、物語の世界の様な光景でした。
別れ際やはり名残惜しく、思い切って「手紙を書きたいから住所を教えてほしい」と聞くと、快く住所を書いた紙を渡してくれました。
メインイベントであったギュスタヴ・モロー美術館は、思い描いた夢以上の素晴らしい空間でした。
目の前に並ぶとてつもない量の絵画、デッサン、スケッチ画の数々に、感動しすぎてちゃんと見れてない様な気もして、もったいなくなるという変な気持ちになりながらも、目をしっかり見開き隅々まで堪能しました。
私の他に観賞する人は殆どおらず、中世のパリにタイムスリップしたかの様な不思議な気持ちでした。
翌日はオルセー美術館等を周り、オディロン・ルドンのパステル画も思う存分近くで眺める事ができました。
本屋ではフランス独特の色使いが踊る沢山の絵本を堪能し、気に入ったものを購入し、その後電車で向かったベルギー、ポルトガル、デンマークでもスケッチをしたり美術館に行ったり、宝石の様に積まれた美しいチョコレートを買って食べながら町を歩いたり、思う存分にヨーロッパの街の空気を吸い込みました。
ずっと手帳に大切に挟んでいた彼女の「連絡先」。
手紙を書こう、書こうと思いつつも何故か書けず、数年後に「コンタクトを取りたい!」と強く思った時には、失くしてしまっていたのです。
今でもとても悔やまれます。
きっと、連絡が来るのを待ってくれていたんじゃないかな・・・あんなに親切にして下さったのに、手紙もよこさないなんて失礼な事になってしまった・・・と。