【3分で学べる】戦国あれこれ② 合戦の医術について | あかねいろ01

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【3分で学べる】戦国あれこれ② 合戦の医術について

2018/04/09
 
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合戦の医術 

 

合戦に怪我はつきものです。戦いの最中に怪我をしたとき、武将たちはどんな応急処置が行ったのでしょうか。

 

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衛生兵による一般的な応急処置

室町時代くらいから必要に迫られ、合戦には多少医学の知識がある衛生兵が従軍するようになっていきました。のちに彼らは「金瘡(きんそう)」と呼ばれる刀や槍による傷を治療する外科専門医「金瘡医」となっていきました。

 

金瘡医の治療は、怪我をした兵士にまず気付け薬を与え、出血を止めるために怪我部分を縛ります。そして、洗薬か焼酎で傷を消毒し、腸や脳が見えているときは、中に押し込んで(!)縫合しました。怪しげなところもありますが、戦場での応急処置としてはこれが精一杯だったのかもしれません。また、軽い傷にはにかわを塗った紙を貼りました。

 

何と言っても、現代と決定的に違う点は麻酔がないこと。怪我をするのも治療するのも同じくらい痛そうです。

 

びっくりする処置

『雑兵物語』という江戸時代の雑兵30人の体験談を記した本があります。そこには、合戦での怪我に対する驚くべき処置方法が記されています。これはかなりの荒療治。

 

「出血を止めるには、馬の糞を水に溶かして飲むか、食べろ」とか「刀傷には胡坐をかいて坐り、傷が痛むなら、銅の陣笠に尿をためておき、温めて飲むか傷口を洗う」、「怪我人が眠ると死ぬので眠らせず、飯も食わせてはならない」そして「毒蛇に噛まれたら傷口の上に鉄砲の火薬を乗せて着火しろ」など、すさまじい無茶ぶり治療です。

 

さらに同書によれば、矢が当たったら抜きますが、目に矢が当たったら、頭を木におしつけて静かに釘抜きのようなもので抜けば、目玉が一緒に抜けずに済むとか・・・。戦場で怪我をしたくもなければ、仲間に治療もされたくないですね。

 

武将で名医の島津義弘

関ヶ原の戦いで西軍が敗れ、東軍の中に孤立した時の“敵中突破”で知られる島津義弘(しまずよしひろ)は、和歌や茶の湯もたしなむ、文武兼備の名将。実は彼は外科の医術もプロ級でした。

 

合戦では、刀や槍によって受けた怪我が元で傷が化膿して瘡(くさ)やおでき、丹毒(溶連菌による皮膚の化膿性炎症)などの皮膚病になることも珍しくなかったのです。武将から足軽に至るまで、それぞれが知る限りの医療知識で助け合っていました。

 

そんな中にあり、義弘は腸も縫合するほどの外科の腕前で、身分を問わずに部下にも治療を施しました。負傷者が出ると、傷の専門医を伴って義弘みずから出向いて診察。まず義弘が診察し、専門医が確認して手当を施したそうです。

義弘の医術は奥義をきわめ、既に医学を修得していた家臣の者でさえそれを伝授され、学んだといいます。さすがの武将です。

 

おわりに

合戦と聞くと、武将たちの雄々しい姿を思い浮かべますが、その裏には大勢の兵が傷つき、命を落としていました。激しい戦場での金瘡医たちの怪我との戦いも、凄まじいものだったのですね。

 

 

明石 白(あかし はく)

スペイン在住という効率の悪い日本史バカ。ライター。歴史記事とコマーシャル記事とかコピー書いてます。日本史を日常に。

明石 白(@akashihaku) Twitter  https://twitter.com/akashihaku

 

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