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【3分で学べる】戦国あれこれ⑦ 一族団結のシンボル・家紋

2018/10/01
 
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一族団結のシンボル・家紋

 

皆さんご存知の家紋。起源は古く、平安時代の末期から家紋が代々受け継がれるようになりました。公卿たちが、自分の輿(こし)や牛車、衣服に好みの紋様をつけたのが始まりです。オシャレの一種で、そのデザインも繊細かつ複雑なものでした。

 

家紋のルーツと役割

現在見る家紋の直接のルーツは、その後に発生する武士紋です。武士の鎌倉時代初期の旗に入れて使われました。一族郎党が団結して外敵と戦う際に、敵と味方の識別は非常に重要。その目印として考案されたものです。図柄は、ごく単純なものでしたが、次第に一族の名誉を表わすデザインとなり、美しく洗練されたものになっていきました。

 

戦国時代は戦陣で手柄をたてることが武士の出世方法。論功行賞につながるとあって、各自が趣向を凝らした個人紋を使いました。長く家に伝えられていくものだけに、あまり奇抜すぎず、名誉や誇りをさりげなく表わすデザインが好まれました。家紋は、戦場での一族のトレードマーク、団結のシンボルだったのです。

 

戦のない江戸時代は泰平の世で、武功の決め手がなく、“家格門地(もんち)”つまり家系で大名、旗本のランクや序列を決めました。それを実証するのが家紋。そのため、家紋は勝手に替えたり作ったりすることは許されず、幕府に届け出る必要がありました。そのため、ますます家紋の役割が重要になってきたのです。

 

家紋は一家に一つとは限らない

家紋には表紋と裏紋があります。今でも旧家では複数の家紋を持っている場合があります。代々伝わる家紋とは別に、主人から賜ったもの、友人から譲り受けたもの、奪取、借用などで手に入れたものなどいろいろ。その中で、幕府に届け出た正式な家紋が表紋(定紋/じょうもん)、それ以外のものが裏紋です。公式儀礼、大名行列に使うのは表紋と決められていました。

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桐の紋について

菊の紋は天皇家の家紋として知られていますが、もう一つ皇室紋として使用されていたのに桐の紋があります。伝説上の生き物鳳凰は、桐の木に止まって国の支配者の誕生を告げるといわれており、桐は神聖なものとして貴族の衣服の模様に愛用されていました。これが皇室紋として用いられるようになったのは鎌倉時代の末期です。

 

桐紋が皇室以外に許されたのは足利尊氏が最初です。鎌倉の北条政権を倒した功績のため、当時の後醍醐天皇から「菊紋」と同時に下賜されました。 

天下人となった豊臣秀吉も朝廷からこの桐紋を与えられています。桐紋は高貴な身分の人に許された格式高い家紋となりました。なお、現在でも日本政府のシンボルとして使われているのが桐紋です

 

おわりに

高貴な家紋は使用できる家が決められていましたが、元々公家や武士が中心として使っていた家紋も、江戸時代には商人や芸妓、遊女までがこぞって自分の紋を作り始めたそうです。羽織に入れて着るなど家紋は広く普及し、各家に代々受け継がれてきたものだけに、現代においてもルーツ探しには格好の手掛かりとなっています。あなたはご自分の家の家紋を知っていますか? 

 

 

明石 白(あかし はく)

スペイン在住という効率の悪い日本史バカ。ライター。歴史記事とコマーシャル記事とかコピー書いてます。日本史を日常に。

明石 白(@akashihaku) Twitter  https://twitter.com/akashihaku

 

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