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【3分で学べる】戦国あれこれ⑩ 戦国武将の名言 その二

2018/10/01
 
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戦国武将の名言 その二

戦国武将たちが残した言葉には、それぞれの考え方や人生観が表れています。それらには普遍性があり、現代社会に生きる私たちの教訓にもなりそうです。

 

前田利家 「人間は不遇になった時、はじめて友情のなんたるかを知るものだ」

 

加賀百万石の大大名前田利家は、豊臣政権において五大老の中心となるなど、大成功した戦国武将です。しかし、それは後の話しで、実は若い頃に苦労しました。

織田信長に仕えていた頃、信長のお気に入りの茶坊主が利家に無礼を働いたためにこれを斬り殺します。信長は大激怒。柴田勝家などの嘆願によりなんとか助命は叶いましたが、利家は織田家への仕官停止となり、結婚翌年にして無職となってしまいました。

 

信長の側近の頃は、多くの人が利家の元に集まってきていましたが、無職になってからは皆に敬遠され、生活も困窮を極めました。結局、呼ばれもしない信長軍に参加して奮戦したことが評価され、2年後にようやく帰参を許されましたが、それまでの苦しい生活を助けてくれたのが、豊臣秀吉だったのです。

 

二人の友情はその後も続き、秀吉が太閤となった後も利家は五大老の一人として補佐します。表面上は主従関係を保ちながら、実はお互いに風呂に入り、お灸を据え合う仲だったとか。

人は不遇な時にこそ、本当の友人と友情のありがたさを知るというこの言葉は、昔の無職時代のことを振り返って出た前田利家の心からの言葉だったに違いありません。

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小早川隆景 「すぐわかりましたという人間に、 わかったためしはない」

『三本の矢』の逸話で有名な毛利元就の第三子、小早川隆景。安芸の小規模な国人領主から中国地方ほぼ全域を支配した優れた武将です。隆景は義理に厚く、思慮深い性格として知られていますが、だからこそ、的を射ている今回のこの言葉は時代を超えて耳が痛いなあ、と思う方もいるのでは?

 

「どんな意見を聞いても、すぐに『ごもっともです』『その通りです』という人間が本当にわかったためしがない。本当に人の意見を聞く者は、何度でも納得するまで確認をするものだ。『こんなことを聞いては相手が気を悪くするのではないか』など遠慮するのは、本気で意見を聞いていない証拠。俺の言ったことをすぐわかりましたなどと請合う部下は信用しない」というものです。

 

上司に何かを命令されると、萎縮してしまってその目的や意味を理解しないまま、とりあえず「わかりました」と答えておいて、結局失敗してしまうこと、ありませんか? その場合の「わかりました」はその場しのぎの一種の逃げ。こう言われた部下はその後、隆景の言葉をいい加減に聞くわけにいきません。とても頭のよい武将だったと思いませんか。

 

おわりに

いつの時代も真理は真理。人と人との関係は戦国時代も現代も基本は同じだな、と思わせられる名言2つでした。

 

明石 白(あかし はく)

スペイン在住という効率の悪い日本史バカ。ライター。歴史記事とコマーシャル記事とかコピー書いてます。日本史を日常に。

明石 白(@akashihaku) Twitter  https://twitter.com/akashihaku

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