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『紅の豚』あなたにオススメします!口コミレビュー11選

 
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1.最高にかっこいい!スタジオジブリ紅の豚オススメポイント

 

言わずと知れた名作、スタジオジブリ宮崎駿監督作品の「紅の豚」。私はこの作品が大好きです。
なんといっても、この作品は舞台が良い。アドリア海で繰り広げられる、飛行艇乗り達の話なので、広大な空と海にまず魅せられます。そこに主人公ポルコが乗る紅色の飛行艇が飛びまくります。こんな大空を自由自在に飛べたら本当に気持ちいいだろうなぁと、こちらにまで風を感じるような爽快感。
ポルコが隠れ家のようにしている海辺もいい。周囲は崖にかこまれていて、完全なプライベートビーチ。ぽっかりと穴の空いたような小さな海辺に、パラソルをはってごろり寝転ぶその姿は、人生ってこんな時間が大事だよねと再認識させられます。
ポルコと昔色恋沙汰があったであろう、ジーナさんという女性が営んでいるホテル・アドリアーノがまた素晴らしい。青い海に浮かぶように建てられた白く美しいホテル。建物の造りの巧妙さは、ジブリ作品に欠かせない魅力の一つです。このジーナさんの歌声がまたいい。加藤登紀子さんの声が本当にあっていて、飛行艇乗り達だけでなく観ている私の心まで癒してくれます。
よくこの作品を語る上で、何故主人公が豚なのか、と疑問がでるかと思います。でもこれが普通の人間だったら、もうかっこよすぎるでしょ。豚ぐらいが丁度良い。いや、豚でもすっごいかっこいいんです。というか、見た目じゃないんだろうな。豚なのにすごく人間味にあふれていて、思いやりがあって…本当に素敵な豚さんなのです。
かっこいいだけじゃなく、少しクスリと笑わせてくれるユーモアがあるのもいいんですよね。ポルコの飛行艇が大破し、整備するため訪れたミラノで、工場に手伝いにきてくれた三人組のおばあちゃんがご高齢なのにすごくはりきっててかわいい。
こういうホッとするシーンを描けるのが宮崎監督はすごいなあと思います。
話の終わり、ポルコは結局どうなったのか、ジーナさんとの恋の行方など色々とわからないことが多かったので、ぜひこの続編がみたいです。個人的にはジーナさんとくっついてほしいな。宮崎駿監督にぜひカムバックしてほしい!

 

 

 

2.年齢とともに変わっていった作品のイメージ

 

紅の豚は往年のジブリファンからしてみると毛嫌いする方も多い作品なのではないかと個人的に思っています思っています。かくいう私も映画公開当時は子供だったこともありあまり好きな作品……いや、まったく興味のない作品でした。ファンタジー要素があまりに少なすぎるのでないか、なんで主人公が豚なんだといった感じで。けれど大人になり、感性も変化するに従って徐々にこの映画の良さがわかってきました。
まずなんといっても主役が豚なのに渋い!なんというか大人の渋みなのでしょうか、過去の業を思いながらも今を生きる。そしてその生き方も決して欲にまみれたものでなく、しっかりと自分のルールのもと格好よく生きている。男であればどこか惹かれる生き方なのではないでしょうか。
そして見た目が豚(笑)これってこの映画をジブリ作品たらしめているポイントだと思います。上手く説明出来ないのがもどかしいですが、主人公が豚でニヒルっていうユニークさがジブリなんだなぁ、と。
もし主人公が豚でなかったらと思うと今となってはこの作品の魅力半減です。『紅の男』まぁ格好よくはありますが普通ですよね。あえてジブリ作品でなくてもよいような気がします。
またライバルも魅力的です。自信過剰でキザ、だけどどこか憎めない三の線。友人に欲しいかと言われれば、うーんという感じですが端から見てる分にはとってもファニーなやつです。
ちなみにこの物語の重要なパーツの一つとも言えるライバルとヒロインとの三角関係ですが、正直なところヒロインの魅力を未だに理解できていないせいかあまりピンときていません。
これは年齢を重ねれば理解出来るものなのか……それとも単に好みなのか……
ヒロインに関しての情報が歌姫であること以外あまりないのも原因かもしれません。
紅の豚を始めて見てからは大分経つものの、魅力を感じ始めてのはごく最近。これからこの作品の印象が自分の中でどのように変化していくのか楽しみです。

 

 

3.ポルコは気障だけれどもかっこいいアドリア海最高の飛行機乗り

 

ポルコがお酒を飲みながらフィオに言う「飛べない豚はただの豚さ」とセリフを言うシーンがかっこいいです。自分の過去のことを後悔し、どうすることもできなかったジーナへの罪悪感がありながらも、忘れることをしないポルコが素敵です。また、ジーナもポルコを待ち続けているけれどもその思いがかなわないのがもどかしいです。カーチスがジーナの待ち人の姿を知り、驚いてショックを受けている姿を見るのも楽しいです。他人が見れば誰を待っているのか一目瞭然なのに当の本人たちは自分の思いを内に秘めており、特にポルコは気障で飄々としており掴みどころがなく、何を考えているのかわかりません。飛行機乗りならではの性格もあるのだと思いますが、とにかくやる行動が大胆です。子どもが空賊に誘拐されて助け出すシーンやフィオを車の助手席に乗せ、逃げるシーンだったり見ていてとても面白いです。中でも好きなシーンは最後のカーチスとポルコがフィオをかけて飛行機同士で戦うシーンです。お互い普段はふざけた性格なのに飛行機で戦闘する場面になるとガラッと印象が変わります。最初は飛行機から放たれる銃撃戦のシーンは一番の見物です。お互いが繰り出す攻撃を紙一重で避けていてなかなか当たりません。けれどもその戦いもすぐ終わりを告げます。お互いの飛行機から銃撃が出せなくなり、ポンコツの飛行機となります。そのため、お互い自分の飛行機の工具を投げ合いますが埒があきません。そのため、海に着陸し、喧嘩を始め、決着をつけようとします。喧嘩似たようなものでしたが、何発か殴り合い後、カーチスの一発で決まり、ポルコは海に沈んでしまいます。その時、ジーナの乗った船がやってきてポルコに語りかけます。それでポルコは目を開け、カーチスに不意打ちの一発を決め、見事決闘に勝ちました。その様子を見ていた観客は大いに盛り上がりますが、ジーナが来た理由は軍が近づいていることを告げるため。そのことを聞いた観客は逃げ、ポルコはフィオを抱き抱えジーナに託します。フィオは嫌がりますが、ポルコは頑なで、ジーナもあきれ返っている様子です。ジーナが船を出そうとした時、フィオはポルコにキスをします。キスされたポルコの顔を描かれはしませんでしたが、カーチスの言動からするともしかして…という事かもしれません。すごくこの場面は気になりました。最後にポルコがジーナ達の前から姿を消し、赤い飛行機だけが残っているシーンがあります。ポルコがどうなったか、それはそれぞれ見た人に考えさせるという終わり方で、かっこいい終わり方なので私は好きです。

 

 

 

4.ポルコ・ロッソとカーチスの空中戦に注目です

 

紅の豚といえば、やはりラストの主人公ポルコ・ロッソとライバル・カーチスの空中戦が素晴らしいです。
世界大恐慌の時代のイタリアのアドリア海を舞台に、ヒロイン・フィオと大金を賭けた勝負に挑んだ対照的な性格の二人のバトルは日本のアニメーション史上に残る素晴らしいものです。
真っ赤な飛空艇に乗るポルコと青い飛空艇を駆るカーチスが急上昇したり、きりもみ急降下したり、次次に視点が切り替わっていく様子は手に汗握って息をするのも忘れるほどの展開です。
ただ動きが素晴らしいだけではなく、ポルコもカーチスも重力に逆らうことから顔が変形してとても苦しそうな描写が入るところも現実味があります。
素晴らしい空中戦をいつまでも見ていたい、いったいどのようなラストを迎えるのか、いつの間にか主人公のポルコだけではなくカーチスのことも応援してしまいます。
ポルコのひねりこみという技がさく裂してカーチスの後ろを取ったシーンがあるのですが、その絶対絶命のピンチをすかしたかっこつけ野郎に見えていたカーチスが気合で劣勢を挽回する展開が燃えるのです。
それまでいけ好かない感じだったカーチスが急に人間味あふれるいいやつに見えて私はカーチスの応援に回ってしまったほどです。
結局空中戦では決着がつかず、ポルコとカーチスの二人は浅瀬の海に飛空艇を停めて、殴り合いのけんかで勝負しようとします。
このけんかの描写もまた上手いのです。
ポルコとカーチスの拳の重さがこちらにも伝わってくるかのようです。
殴り合ううちに二人とも最初の元気が失われていって、顔が腫れあがり、足取りがよろよろして、まるでドランカーのようになってしまうところがリアルです。
こうした激しいバトルの勝者は結局ポルコなのですが、穏やかな後日談の中のカーチスもかっこいいのでどちらのファンも大満足できるのです。

 

 

 

5.ジブリの特番で実際に制作した「豚」のあれこれ

 

スタジオジブリの特番を初回から「千と千尋の神隠し」まで制作演出した経験から「紅の豚」特番制作時点での「豚」へのイメージを世界各地で徹底的に取材・調査して映像化する事で新たな発見を視聴者に紹介することを目的として企画したことがあります。「紅の豚」のアニメーション制作現場ての話もそうですが、作品をより興味深く見ていただく手法として別の角度からの取り上げ方が「豚」への興味と「なぜ豚になったのか」その疑問も取り除かれる仕組みで企画構成しました。その内容とは一般人の豚に対するイメージと実際の豚の習性とのギャップから切り込んで見ました。ブタは「汚い」しかし本当は「綺麗好き」。「豚は醜い」しかし本当は「知能が高く物事の理解度か高く賢い」。などなどのギャップを取り上げいく事で「紅の豚」に出てくる主人公ポルコロッソがなぜ豚になったのかのヒントになり得る事象も考えて構成しました。賢い豚は、教え込めば芸も覚え、自分の名前も認知するという説もあのますが、実際にペットとして飼われている国内外の部たり生活実態も取材しました。そしてなにより、清潔を好む生物であり、適度な食事でガツガツ食事をしたり、生活する自分の居場所を汚くすること無く綺麗な空間を好む動物です。一般的な家畜小屋の汚物や排泄をする場所は汚くて不潔ではありますが、餌場や寝床から離れた箇所一ヶ所で用を足すという習性がありますので空間を広くすれば清潔感あふれる豚の巨住居が観れるとの説もあります。更に。ポルコロッソも知的でダンディですが、ブタの知能はイヌと同等か、それ以上とする研究者もいる程で、理解力や認識力に優れています。犬は高い忠実性を持つと言われていますが、各研究機関の検証上の知能検査ではブタの方が上であることが実証されているとも言われています。
取材先のペット豚は呼べば返事もするし、お座り、お手、お回り、待ての動作が可能でしたし、性格がとても温厚で、愛情あふれる動作が愛くるしいのも事実です。ペットの犬に比べると、その容姿から行動もゆっくりです。なんと、習慣性やしつけもしやすく理解力が高いという事も意外な程多くの豚の行動で立証されています。「紅の豚」という映画の「主人公と豚」は本来穏やかな性質で物事を理解する優しさを持つ生き物なんだという事が分かります。

 

 

 

6.「紅の豚」 唸るエンジン、吹き出す排気煙、しなる機体、圧倒的存在感のサボイアS.21

 

言わずと知れた宮崎駿監督の1992年作品です。
この作品の見どころは、何といっても紅の豚、ポルコロッソの駆るプロベラ機サボイアS.21の躍動感でしょう。
唸るエンジン、吹き出す排気煙、ガタガタと風にしなる機体、ジャムる機関銃。
アニメーションならではの誇張された繊細な機械の動きと、絶妙な音響効果が相まって、いっそう心にダイレクトに訴えかけてきます。
これが真っ青なアドリア海を背景に所狭しと飛び回るのですから堪りません。
天候の微妙な違いまで描き分けたリアルな雲の表現、その雲間を切り裂いて飛ぶ飛行機には、あたかもそれに乗っているかのような錯覚に陥ります。
また普通に陸地から飛び立つ飛行機ではなく、飛行艇であるというのも面白いところです。
これにより島影に隠れるという、なにやら海賊物語っぽいワクワク感もあれば、桟橋に係留する小さなボートのようにもみえ、冒険心を掻き立てられます。
圧巻なのはポルコが整備士の少女フィオと共に、川沿いの工場から脱出するシーンでしょう。
追手の襲撃を避けながら、爆音を響かせ、狭く曲がった川を右に左に走り抜け、行きかうポートや橋すれすれに加速して、離水していきます。
このサボイアは架空の飛行機ですが、細かな作りこみにより、実在のものと思わせられるリアリティがあります。
飛行機好きで知られる宮崎監督の作品には、数多くの飛行シーンや浮遊シーンが登場しますが、飛行機ものということではこの「紅の豚」が文句なしの一番でしょう。
もちろん飛行機だけが見どころというわけでもありません。
空賊、賞金稼ぎ、軍人などそれぞれの立場を超えた、飛行機乗りの作法ともいうべき、現代社会ではまずお目にかかれない、お互いに言わずとも通じ合う不文律も心地いいですね。
多くを説明していない、芯の強そうな女性たちとの関係も魅力的です。
機械もの好きな男の子、というよりは、経験を重ねた中で脛に傷持つ元男の子には、イチオシの一作です。

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7.中年男の醜さを逆手に取った、カッコイイ作品でしたね

 

夢破れた男の哀しさが漂う名作です。登場する男達は、千軍万馬の兵(つわもの)揃いですが、恰好良くはないです。そうですね、彼らははっきり言って人生の落伍者となった集団なのですから。物語は世界大恐慌の真っただ中であり、かろうじて戦勝国の一郭に加わることの出来たイタリアも、経済は大混乱を来たし、街中には失業者が溢れていた時代です。空飛ぶことに人生の意義を見出していた連中に取って、決して住みやすい時代ではなかったことを意識して見ると、この作品の設定が素晴らしかったことに気づくはずです。軍人の宿命は平時には腕の見せようがないということですが、軍縮や自主的な退役を含めて、世には元・パイロットが溢れていました。飛行機乗り(この作品では飛行艇乗り)達には独特の気風があり、彼らなりの矜持がありました。平たく言えば、もう普通の生活には戻れない、ということです。操縦桿を握り、空を飛んでいる時の自分が本来の自分であり、地上で飲んだくれている自分は魂の抜け殻に過ぎない。戦時には命懸けの毎日を戦い切り、見事生き残れたのに、いざ平時となればもう自分の居所はどこにも無かった。これは戦勝国でも敗戦国でも共通の事でした。飛行機の性能と自分の腕が良ければ、燃料さえ尽きなければ、どこへでも行け、何でも出来る。この自由さを知ってしまえば、もう地上で自分のため、家族のため、引いては社会や国家のために汗みどろになって働くことなどもう出来ないのです。軍隊に残れたとしても、階級や年齢が上がれば、実際に飛行機に乗れる機会は減ってゆく一方で、自分より年下の戦友(多くは戦争未経験者)達が我が物顔で天翔ける姿を下からじっと見ているなんてとても出来ない。そんな彼らの受け皿は成長しつつあった民間の航空会社や航空郵便、あるいは飛行ショーのスタントパイロットくらいで、スタントを除けば、規則尽くめへ逆戻り。そのスタントさえもこの不況では客足も途絶えてしまう。食い詰めた男達に出来ることは傭兵や空中海賊しか残された道は有りませんでした。自らが落ちぶれたことを自覚している彼らには覇気が有りません。自暴自棄に拍車が掛り、刹那的な生き方に加速度が加わります。でも、そんな彼らにも仲間の他に受け入れてくれる人が居ました。それが本作の主人公の思い人なのです。深く傷ついた彼らの心を癒し、恋人のように、あるいは母親のような彼女が絶大な人気があるのは一目瞭然ですね。若い人にとっては、中年男達の甘えに見えるかもしれません。でも、ある程度年齢を重ねると分かる時が来ます。生長するということは夢破れることの連続ということでもあるのですから。その傷心を癒してくれるのは奥さんですか、恋人ですか。そういう場合もあるでしょうが、やはり母親のような愛だと私は思います。映画の流れとは大分離れた気もしますが、この映画の本質は、迫力ある空中戦でも、当時のメカニックを徹底的に解析したことでも、正確な時代考証でもなく、夢破れた男達の心の癒しがテーマだったのですから(少なくともそう私は信じています)。目に見える場面以外にも、これらの事を忘れずに再び見直したら、見えなかったことに気づかれることに期待しています。

 

 

 

8.私が思う宮崎駿の思想と紅の豚の楽しみ方について

 

舞台は第二次大戦前のイタリア。主人公は元パイロットのマルコ。マルコは空賊になっていた元空軍パイロットを退治し、その報酬で生計を立てています。第二次大戦前、イタリアではファシスト政権が台頭していたため、多くの人が徴兵されていきました。マルコも例外ではなりませんでしたが、第一次大戦で友人を無くした「イタリア国民」ではなく「イタリアの豚」なら兵役を免れられるだろうと考えたようです。
 この作品を見ていると、宮崎監督の反戦への思いがよく伝わってきます。1992年に発表されたこの作品は、前年におきた湾岸戦争への抗議の意味が込められているのだそうです。又、宮崎監督は左翼思想にも傾倒しており、紅の豚の「紅」は共産主義の「赤」をモチーフにしたと考えられます。
 そんな左寄りな宮崎監督ですが、元々は大のミリタリー愛好家でした。そのため、紅の豚の中でも様々な兵器が登場し、しばしマニアックなメカの説明が入るシーンもあります。紅の豚だけでなく様々な作品の中で反戦を唱え続けてきただけに、これには意外な気がします。これらの兵器のほとんどは実際戦争で使われたもののようで、宮崎監督の情熱も伝わってきそうです。
 宮崎駿は、これまで子供が楽しめる作品を作ることに主に力を注いできました。しかし、この作品に限っては、正直子供には理解しづらい内容のような気がします。ただ、宮崎監督が子供に気を遣わず本当に純粋に作りたかった作品がここにあるのではないかと私は思います。反戦をテーマにした作品なのに、戦闘機でバンバン打ち合ったり、人が殴り合う描写があるという矛盾。この矛盾そのものが、宮崎監督の思想の縮図であり、それがこの作品に、監督の遊び心をたっぷり含ませて表されているのだと考えました。
 一度見ただけでは、この作品を完全に理解し、宮崎監督の言いたいことをくみ取るのは困難かもしれませんが、繰り返し見るうちに何かしらの新たな発見が生まれ、自分の人生の中で糧になりそうなものが見つかるはずです。

 

 

 

9.宮崎駿が本当に撮りたかったアニメ映画「紅の豚」

 

この映画のキャッチコピーは確か、「かっこいいとは、こういうことさ」だったように思います。どういうわけか、主人公の飛行艇乗りポルコは、姿が豚になっており、かっこいいということが、単純に容姿のことを指すのではない、ということが言いたかったのではないかと思います。ただ、実のところ、この作品の原作ともいうべき宮崎駿の描いた漫画では、ポルコだけでなく、イタリア人をはじめイギリス人やドイツ人は、みんな動物として描かれているんですね。つまり、ポルコが豚であること自体には意味がないのです。そう考えると、豚であるポルコが、かっこいいかどうか?というのは、この作品の本来のテーマからは外れている気がします。おそらくですが、この作品は「風立ちぬ」と同じテーマなのだと思います。飛行艇乗りのポルコや飛行機の設計者であった「風立ちぬ」の主人公は、自分たちの夢を素直に追って、青春を過ごしたんだけれども、その先にあったのは戦争であり、そこで大事な仲間や恋人や家族を亡くし、喪失感を覚えるというものです。そして、「風たちぬ」では戦争が終わり、主人公が焼け野原を歩くシーンで終わったかと思いますが、「紅の豚」はむしろその後を描いているのだと思います。ポルコは作中で、何度も戦争中のことを思い出し、時に語ります。あんなに夢中で飛行艇を夢見ていた頃から戦争を経て、賞金稼ぎをする豚に成り下がったポルコは、かっこいいようで、かっこ悪くもあります。けれど、飛行艇乗りになるという夢を叶えながらも、自分がいかに無邪気だったかを戦争で仲間を失うことで気づき、もやは純粋ではいられなくなったポルコが、それでも生きる姿をこの映画は描いているのです。夢と現実というような単純な構造では語ることの出来ない喪失感の伴う日々を、人間が(彼は豚ですが)どう生きていくべきかを、宮崎駿は描きたかったんじゃないでしょうか。テーマの解説が冗長になり、また子供向けではなかったので、最後にお子様にも楽しめるポイントをまとめたいと思います。まず、ビジュアルが豚なので、それだけでアニメーションとしてとても楽しいです。また、飛行シーンも他のジブリアニメに劣っておらず爽快です。ストーリーは少しわかりづらいかも知れませんが、飛行シーンに加え、カーチェイスや飛行艇の改造シーンもありますので、面白いと思います。

 

 

 

10.紅の豚は宮崎駿監督のヲタク心の詰まった作品です。

 

宮崎駿監督は言わずと知れた戦車、軍用機などが大好き、つまりミリタリーヲタク(ミリヲタ)です。模型雑誌などでも戦車、軍用機に関するイラスト描きの連載を持っていたほどです。宮崎監督は数多くの名作映画を製作されていますが、ほとんどの映画に出てくる戦車や軍用機は架空であったり創造であったり現代の科学技術では実現不可能なものが多いです(ナウシカのメーヴェ、ラピュタのゴリアテ、ハウルの動く城)。しかし実在した飛行機が登場しているのは「紅の豚」と「風立ちぬ」だけだと思われます。「風立ちぬ」に出てくる飛行機は誰でもご存知の「零式艦上戦闘機」いわゆるゼロ戦です。ところが「紅の豚」に出てくる飛行機(作品の中では飛行艇と呼ぶ)は実際に存在したものではありませんが似たようなものはあったようです。
「紅の豚」は主人公が訳あって豚になるため(顔だけ)魔法によって変えてもらっている、しかし理由は深くは語られていなかったりして観るものには欲求不満なところがあります。戦争によって失った友人のことその恋人であった女性と主人公の関係もあやふやにしてしまっています。でもこの作品の本来の見どころ、宮崎監督も一番力が入り観客に観てもらいたいと思ってるところは「飛行挺」が空を縦横無尽に飛び回るところだと思います。
冒頭の空賊退治のシーン。大型の飛行挺に対して単機で攻撃しあっさりと空賊を降参させてしまいます。このシーンだけで主人公の飛行艇乗りの実力の高さを見せつけられてしまいます。
次にこの物語の主要な人物、つまりライバルが現れます。このライバルは主人公と同じ実力を持っています。主人公はこのライバルと戦わずにおれませんでしたが飛行艇の不調で敗れてしまいます。
主人公は飛行艇を修理すべく修理工場に運び込むのですが修理をする責任者がまだ若い女の子でした(宮崎アニメの女性キャラで一番好き)。
飛行艇はなんとか完成しました。が主人公は国の秘密警察に狙われていて運転試験もしないまま飛行艇に乗り逃走することになります。ここからのシーンがこの映画の一番の見せ場だと思っています。朝も明けきらない時間運河沿いに立つ工場から発進し運河すれすれを飛びます。低い橋の下をギリギリで通過しようやく上昇した向こうに朝日が昇る、BGMがまたすごくすばらしくシーンと相まって大好きです。
ラストはライバルとの再戦です。しかも修理責任者の女の子を賭けた決闘です。ここでの飛行艇同士の戦闘シーンは今までに比べて盛り上がりに欠けます。
結局飛行艇を降りて殴り合いをして終了です。
こういう映画です。

 

 

 

11.映画「紅の豚」についてのオススメレビュー

 

『紅の豚』はスタジオジブリ制作 宮崎駿監督で1992年7月18日に公開されたアニメ映画です。
ちなみにこの時点で興行成績日本記録更新しました。
あらすじをざっと説明しますと、舞台は世界恐慌後のイタリアアドリアーノです。
空賊狩りの賞金稼ぎマルコ・パゴット通称「ポルコ」がこの物語の主人公です。
そしてポルコに敵対する空賊連合が長年の恨みを晴らすためアメリカ人カーチスを助っ人として雇い二人の対決が繰り広げられます。
ある時カーチスの攻撃を受けポルコの愛機を大破されてしまいます。
そこでポルコは愛機を馴染みのピッコロ社に修理依頼してその時孫娘フィオと出会います。

この二人の出会いともう一人のヒロインジーナとの人間模様を描いたヒューマン?(豚ですが)ドラマです。

まずなぜポルコが豚になったのかということが疑問に思う人が多いと思います。
これには様々な見解があります。劇中ではポルコがかつて戦争で親友を失ってそれにひどく罪悪感を抱いているようすが描かれています。
それで一つの仮説としては自分自身に魔法をかけてあえて見にくい姿になり生き残ってしまった罪を背負おうとしているのではないかという説があります。
確かにこれは戦争というものに対する作品が投げかけている論点の一つでもあると思います。これは視聴者がそれぞれ考える点としての問題提起かもしれません。

他にも政治や欲にまみれた人間にならないためにあえてそういう姿になったとか、ヒロインの一人であるジーナを悲しませないために恋仲にならたいためには・・・という説もあります。
なんにせよポルコは男前なんです!
名言もたくさんあります。
飛ばねぇ豚は、ただの豚だ ポルコ
ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの ジーナ
マルコ。マルコ聞いてる?あなたもう一人の女の子を不幸にする気なの? ジーナ
金と名声を運んでくる幸運のガラガラヘビさ カーチス

などなど挙げればきりがないですがこれは本編を見ながら流れの中でぜひ聞いてもらいたい言葉たちなのでまだ見たことがない人はぜひ一度は見てほしいです。

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